リウマチからの贈り物(36) イメトレ~「信じる力」父の話

このブログは、関節リウマチのような「治らない」とされている病気の方々に参考になることがあればと、書いています。また、ご病気でない方でも、病気のとらえ方、医療との付き合い方、代替療法の取り入れ方……など知っていれば、役に立つ情報もお伝えします

イメトレ~「信じる力」父の話

イメトレという言葉には全く縁がなかった父が、もって生まれた強靭な「信じる力」を発揮して、がんが「治癒」した話を書きたいと思います。

私の父は数年前に91歳で老衰で亡くなりましたが、70代後半に前立腺がんと診断されていました。

この癌は、男性ホルモンが関係しているため、父の場合は女性ホルモンを投与する治療を受けていました。

ほとんど毛がなくなっていた頭頂部に、ホルモン剤の副作用で産毛がたくさん生え、両乳房が膨らんでいました(「女性化乳房」)。女性の更年期障害のような症状が出る人も多いらしく、父は口には出しませんでしたがいろいろと体調が悪く辛かったようです。

泌尿器科クリニックに通院していましたが、あるときから全く行かなくなりました。

「定期的に行かなくていいの?」と聞くと、父はこう言いました。

「ああ、もう治ったからな。行かなくていいんや」と。

「先生がもう来なくていいって言ったの?」と聞くと、

「数値がずっと安定していると、先生が言ったからな」

とのこと。それ以上、何を聞いても堂々めぐり。

はっきりしているのは、「治った」と判断したのは、先生ではなく父だということでした。

定期的に見てもらった方がいいよ、とは言いましが、頑固な父のこと、娘のそんな言葉で考えを変えるはずはありません。

年齢も年齢だし、薬の副作用が辛かったのだろうし、本人がそう言い張るなら仕方ない、と私も母も父の言っていることを尊重することにしました。

それから数年が経ち、父は足が動かしにくい、しびれると言い始めました。

前立腺がんは骨に転移しやすいがんです。症状としては、足の痛みや下半身の麻痺がおきるとされています。

前立腺がんが骨に転移したことで、父の症状が起こっているのでは、と私は思いました。

本人は治療は受けないことを選択するかもしれませんが、せめて検査だけでも受けて、今後のことを家族も含めて検討した方がいいのではないか、と思いました。

父にその話をしても、予想通り、「必要ない」との一転張りで、だんだん機嫌が悪くなり「しつこい」と怒り出してしまいました。いつものパターンです。

仕方ないので、以前に通っていた泌尿器科の先生に連絡をとって、相談に行きました。

先生は父のことを「ある意味」よく、覚えいらっしゃいました。複雑な表情でこう言われました。

「あなたのお父さん、勝手に『治った』って言い張ったんですよ!もう薬もいらん、通院もしないと。確かに数値は安定してきていたけど、服薬していましたからね。まだ薬は続けないといけないと言うと、『治ったもんに薬なんて、なんで必要なんや、必要ないやろ』と、えらい剣幕で。それ以上はこちらとしても、しようがなかったんですよ。…… また来られたら検査はしますけど……」と。

先生も、かなり気分を害されたようでした。治療をしない選択ももちろんありですが、もう少し言い方があるのにな……と思いました。先生にお詫びして帰りました。このクリニックに父を連れてくるのは無理だと思いました。

ただ、そのままにしておくこともできず、知人に紹介したもらった内科の先生に相談に行き、往診してもうことになりました。その先生に前立腺がんの経過のことをお伝えして、血液検査を依頼しました。

前立腺がんが進行し、骨転移している可能性は高いのでは、と私は思っていたので、ある程度「覚悟」はしていたのですが、結果を聞いてびっくり。

前立腺がんを示す数値は正常値だったのです。なので骨転移の可能性も低いと。

そのことを父に伝えると、

「だから、わしが言ったやろ。治ったって。なんであんたは信じないんや」と、ケロリとしています。

私の感覚では、がんと言われて服薬治療しないと決めたなら、それ以外の方法でがんを治そうとすると思うのです。それなりの覚悟を決めて。

でも父の場合は何もしていませんでした。あったのは「治った」という強い確信のみ。医師の前でもそう言い切ったのですから。

「がんを放置して、悪くなるのではないか」という恐れなど微塵もなかったのです。

イメトレを知ってから、父のこのエピソードを思い出すとき、あの人は「治った」という強靭な「信じる力」を発揮してがんを「治癒」させたんだな、と思います。

父は頭で考えるのではなく本当の「信じる力」の大きさを教えてくれたのだと思っています。

頑固なのは大変だったけど、すごく大切なことを教えてくれて、お父さん、ありがとう!感謝感謝

父が生きていて、私のリウマチのことを話したら、なんて言うかな、とふと思いました。こんな風に言ってくれるような気がします。

「治るわ。大丈夫や、わしの娘やから」

ケロリとそう言う父の顔を思い浮かべて、ちょっと泣いてしまいました。

いつも、最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

おくむら整体院 奥村多恵子