忘れられない言葉 「レントゲン美人 (上)」
理学療法科の学生だったときのことです。
整形外科概論の担当の整形外科医A先生が「レントゲン美人」の話をされました。
この言葉は、そのとき以来ずっと記憶に残り、さらに理学療法士として病院に勤務し始めてから、その意味を実感することになったのです。
「レントゲン美人」はA先生の話から推測すると、整形外科医の中では、よく使われる言葉のようでした。
次のような患者さんの話をされました。
先天性股関節脱臼(*)の中年の女性が、整形外科を受診されました。
一方の股関節が生まれつき脱臼しているため、下肢の長さに左右差があり、歩行時に左右に大きく揺れる跛行がみられましたが、痛みもなく過ごされていました。
年齢とともに、跛行が強くなったため、心配で受診されました。
担当の整形外科医(「権威ある」整形外科の医師だそうです)は、レントゲンを撮り、その方に、脱臼している股関節を本来の位置にする手術を勧めたそうです。
その患者さんは、迷ったそうですが、手術で股関節の位置が左右そろって跛行が少しでも良くなるなら、ということで、手術をすることに決めました。
*出生前、出生後に大腿骨が関節包内で脱臼している状態(関節包内脱臼)。
手術後、レントゲンを撮ると、術前とは異なり、左右の股関節はきちんと揃い美しいレントゲン写真だったそうです。
しかし、手術の夜、病棟の廊下まで、痛みに耐えかねたその患者さんの苦痛の声が響きわたっていたそうです。
その声を、A先生は忘れられない、とおっしゃっていました。
以下は、A先生のその患者さんに対する解説です。
股関節脱臼により、大腿骨頭は後外方にすべるが、経過とともにその位置にそれなりに落ち着いていく。
その状態の骨頭を手術で、本来あるべき位置に移動させたのだが、それによって、手術した側の坐骨神経を引っ張ってしまったのだろう。
この患者さんのように経過が長い場合、坐骨神経は正常ではない走行になっているはずだが、経過とともに自然に適応していたはず。
だから、跛行があったものの、痛みはなかった。
それなのに、無理に左右の股関節の位置を揃えるために、股関節の手術をした。
確かにレントゲン上はきれいになったが、坐骨神経は引っ張られて強い痛みを出してしまった。
こういうケースを「レントゲン美人」と呼ぶ。(A先生は)このような経過の長い股関節脱臼は無理な手術はしないのが原則だと思っている。
こんな話だったと思います。
整形外科手術によって、様々な整形外科疾患が治ると信じていた私には、とてもショックな話でした。
しかし、当時はまだ「レントゲン美人」は非常にまれなケースだと思っていたのです。
続きは、「レントゲン美人(下)」をお読みください。